タロウのD通信第71号
――――― 懲りない国家 ―――――
最近になって、よく思い起こすことにアポロ11号のアームストロング船長の月面着陸と月への歴史的な第一歩のシーンがある。それはベトナム戦争の最中の1969年7月20日のことであった。当時のアメリカはベトナム戦争に生き詰まりを感じつつある中で、時のニクソン大統領はその戦争そのものをもてあましつつあり、アメリカ及び世界の民衆の目を戦争の現実からそらせるためにアポロの月面着陸を急がせたと今では語られている。
実際アメリカという国は英国国教会から迫害を受けた急進派である清教徒がメイフラワー号で1620年にアメリカ大陸の地を目指して逃避行をし、その年の年末にマサチューセッツ州にたどり着いたときより始まるとされている。そしてそのとき以来、あらたな土地を確保して拡大していくといった歴史を繰り返しているのである。といってもアメリカの土地にはすでにインディアンという原住民が居を構えており、それを一つ一つ侵略することで自分の繁栄を謳歌してきたという事実を見逃すことはできない。それだけに言いがかりをつけて自己を正当化して、武力で領土を広げることには誰よりも長けていると思う。その後アメリカは西海岸まで平定後、ハワイを経由して、海を越えて東アジアを目指すことになる。その際日本が思いもよらぬ速さで西欧風の帝国主義をすでに身に着けていたことを知るところとなり、アメリカの次の矛先は日本殲滅になったのである。もちろん日本にも戦争を起こすべき必然性及び原因は当然あると思うが、それとは別の観点でアメリカという国の本質を考えれば、かの太平洋戦争は日本のみの問題ではなく、歴史の必然であったものと思う。一方アメリカはイギリスが果たしえなかった中国の侵略を考えていたが予想以上に日本との戦争にてこずりそれにより共産中国の成立を許してしまったのである。これは大きな誤算であった。その後はご存知の通り朝鮮戦争を引き起こしたが、これも中国、ソ連、朝鮮の共産勢との戦いで勝利を得ることができず、現在の南北朝鮮問題を引きずっている。またその後南進し台湾。フィリピンは日本とともにその勢力圏に入れることができたが、次に入り込んだベトナムで大きな挫折をこうむってしまったのである。それも米兵約6万人が戦死するといった多大な犠牲を払っていたのであった。冒頭のアポロ11号の月への着陸はまさしくこのベトナム戦争で米国の損害が増大していたピークのときに行われたイベントであった。
ではなぜアメリカはあえて月への着陸にこだわったのであろうか、それは上記に触れたようにアメリカそのものが持つ本質に起因しているように思えて仕方がない。即ち国の成り立ちからしてこの国は領土拡大が国家運営のお題目であり、これがなければ立ち行かない仕組みになっているのではないだろうか、即ち領土的に『足るを知る』といった考え方は彼らにはまったくあてはまらず、未来永劫に領土や自国の勢力が拡大するものといった強烈な思い込みがあるのではないかと思う。アメリカ大陸内での領土拡大をしていた際は他地域に対して、大した影響を及ぼすこともなく順調に拡大路線を進むことが可能であったが、日本と戦ったあたりから、他国、他地域の侵略は簡単なものではなく、自分にとっても多くの犠牲が必要であることを徐々に認識したのではなかろうか?その結果月を目指すことを余儀なくされ、次の領土拡大先としての一縷の望みをかけていたのではないかと思っている。しかしながら現実はアメリカの思う通りにはならなかった、期待した月面は砂漠以上に荒涼としており、水や空気など生物が生きるためのすべてが一切存在しないことが分かったからである。今想像するにこの現実はアメリカ政府にとってかなり大きなショックだったのではなだろうか?常に自信を持ちながら進み続けてきたゴーイングマイウエーを自ら変更せざるを得ないと悟ったものと思う。
その結果同国は世界制覇の三種の神器といわれる、金、核、石油において、政策を変更せざるを得なくなった。実際金の面では71年に米ドルと金との兌換を一方的に停止し、かつ欧日を同じ経済先進国として同じ土俵に乗せ、基軸通貨の役割を徐々に譲りながら、自らの通貨の下落を穏便に進め、自らのための共存共栄策に転じたのである。また核の面ではソ連との削減交渉、核不拡散条約の提唱をすすめ、石油ではOpecなどの産油国の権利を認め妥協をしたことはご承知の通りである。
しかしながら残念ながら魂までは変わっていない、今でもイラクやイラン、北朝鮮でもそうであるが、今でも自らの考えに組みしないものに対して徹底的に叩き、自らを正当化している。この国の頭の中には他者の考えを受け入れること自体が自らの敗北を意味しており、怖くてできないという考えがあるのであろう。この欧州に住んでいつも思うことは、欧州の大国はフランスにせよ、ドイツにせよ、アメリカより前に同じ過ちを犯している、かつては常に東へ向けての侵略こそが、自国の発展の証であると認識しており、戦力がつけば東に向った、それはナポレオンしかり、ヒットラーしかりである。しかしながらいずれもがロシアの極寒にその限界を悟らされた。この経験こそがアメリカをして他国の意見を聞くといった姿勢の必要性を認識させることが可能ではないかと思っている。シュローダー前首相がその回顧録を雑誌シュピーゲルに発表しているが、ブッシュ大統領はあまりに宗教を重んずる(プロテスタントメソジスト派)故に周りのことに耳を傾けない点を危惧していたが、結果的にはイラクのようにそれが現実になってしまったと述懐している。今こそこのような発言に耳を傾けるべきではないだろうか。
アメリカにとってアポロ11号によって知らしめられた月面の事実は仏独が味わったロシアの極寒と同じく、自己にとっての限界であり、それゆえに唯我独尊では将来に渡って存在はできず、必ずや他国や他地域との共存共栄が必要だということを明確に示していたはずである。戦争が起こる前に、このことを何とか分かってほしいと心から願っている。
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