タロウのD通信第72号
――――― この20年で変わったこと ―――――
大学を卒業して、商社に職を得たのは20年ちょっと前の85年であった。前にも述べたことがあったがったが、この年はちょうどプラザ合意がなされて、国際通貨といった観点から見れば日本が先進国に仲間入りした時代であった。この年より日本円は猛烈な勢いで円高となり、250円台から80円まで上昇したのである。その結果、日本人の国際的な所得は一流の水準となり、それまでは一部の人に限られていた、海外旅行が身近な娯楽となったのは事実である。
ところで、この間商社の役割も大きく変わった、ちょうど本日の産経WEBによると総合商社7社の決算はほくほくと掲載されていた。その骨子は20年前に20ドルで計算して開発した石油が今60ドルとなっており、この差額が利益として計上されているからとの事である。もちろんそれは最大手で当時からエネルギーに強かった三菱商事とそれ以外の商社では事情は異なるはずだが、総じてこのエネルギー資源高の追い風を受けているというのは確かなようである。一方で20年前に商社に求められていたものは何であったのだろうか、商社とくに総合商社は幅広く事業を展開していたので一言ではいえないが、その中のひとつの柱の事業に各種製造業と組んで世界展開を行い、輸出を増やし外貨を稼ぐことというのがあった。特にプラザ合意以前の日本円は相対的に安く評価されており、それだけにこの格安な円を利用して、安定かつ実力以上に高く評価されるドルを確保することは、手っ取り早い金儲けであったのである。今で言えば中国の人民元が同じ状況であるといえる。それだけにその当時の仕事は面白かった、何しろ欧州や米国への航空チケットが50万ー100万円の時代である、誰もが出張などできるわけがない、そこで、即ち何も日本のことが分からない外国人のバイヤーの前で、新米の30歳にも満たない商社マンが、商社は製造業者の代行をしており、すべての決定権をもっていると、のたまえば、欧米のバイヤーはびっくりしてこの商社マンとはいったい何者か?と思わせたものである。それだけに当人は冷や汗もので、自分の言っていることにぼろが出ないように一生懸命にメーカーさんの実態を勉強し、あたかも自分で製造しているように振舞ったものである。その後続いた猛烈な円高は、日本円を強いものとしたことにより日本の製造業者自らが海外展開をすることが可能となり、この分野での商社の役割は徐々になくなってきた。即ち簡単にいえば、よそ者の人材に頼って不安の中で自社製品を輸出するくらいであれば、自社で外国人社員を雇って対応したほうが確実となったからである。その後この円高は工場そのものを海外に建設し、当初は輸出の相手国であった先に自ら日本の工場の縮小版をつくることに発展していく、こうなるとかつて努力をして商品知識を会得した優秀な商社マンにも翳りがでてくる。さすがに各製造業の保持する企業秘密までの会得は無理だからである。
その後この流れは、商社に対して体質の変換を迫っていくことになる。まずは手にしている豊富な資金源を貿易に使うのではなく、投資に使うという転換である。ただし商社の本業は一部の資源部門のように投資業ではないで、この事業では主体性をとることはできず、現実には海外の企業に投資をしようとしている製造業に対してのお付き合い投資である。またお付き合いであるからにはリスクのとり方も不完全であり、投資先の経営権をとることはできずに、結局従来型のビジネス即ち、その投資会社の製造業に必要な資材の購入、製品の販売に介入してそれをピンはねすることに投資回収の道を探るしか方法はなかったのである。それでも一部は成功したが、この段階ではもはやかつての商社の存在意義は無いに等しいのではなかったかと思う。
ところで貿易を円滑に進めるために、商社はものすごい通信投資を行っていた、私のいた下位商社といわれていた会社でも80年代初頭には世界80カ国100ヶ所以上に事務所を有し、そのそれぞれに独自に工夫を加えたテレックスシステムで結んでおり、24時間以内に世界上のどこからでも日本語での回答が得られるといった、当時としてはすばらしいシステムを構築していた。当時のテレックスの機械、機材は、一台100万円は掛かったであろうから、仮に100ヶ所で平均2台のマシンが必要であればそれだけに2億円の投資であり、それに本社の機材や維持費、人件費を加えると年間10-20億円以上の投資は必要であったとおもう。実際のこの通信に対する投資は効果的であり、私も新人のときにお付き合いのあるメーカーさんの社内通信の原稿をよく打電した思い出がある。しかしながらこのすばらしいシステムも90年代初頭に大きく普及したファクスまた95年以降のウインドウズにより意味のない、無用の長物となってしまった。このようにして、貿易促進・外貨獲得といった国家的使命をかつて求められ粉骨砕身頑張っていた商社マンが時代の変化に翻弄され存在意義を失ったのである。
それぞれの事業はその時々の社会の必要に基づき展開される、したがいそれが必要なくなれば潔く自らシャッターを下ろし、その事業から手を引くことは自由経済の中では当然のことである。その結果、商社は縮小均衡の道を求め自らの生存を図っている。とはいってもピーク時には20兆円以上の売り上げを上げていた商社が今はトップの三菱商事ですら10兆を満たしていない事実をみるとなんとなくさびしいものがあるというのも本当のところである。振り返ると日本が先進国の一員としてG7に加盟した時点から、日本の立場は大きく変わったといえる。即ち途上国として安価かつ高品質な商品を売りさばいて、相対的に価値の高いドルを獲得することでの経済発展を生業としていくことから、今度は自国の通貨の価値を世界の一流国と同一に置き、その価値をG7共同で維持することになったのである。これはこの国の世界一流となったことの証しではあるが、それだけに自らの努力で幸せになるといった、最大の楽しみの放棄でもあった。金持ちにはなったが、幸せではないといった典型的な例ではないだろうか?このようなときこそもう一度自分の生き方を見つめなおし、正しい方向性を考えること、これは今絶対に必要であると思う。即ち金だけがすべてではないということを改めて考え直すべきであると思う。
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