タロウのD通信第73号
――――― この20年で変わったこと② ―――――
前号では商社について述べた。またこの20年間の変化のきっかけは85年のプラザ合意にあるということを記載した。その観点でみると、商社も変化したがその資金供給をつかさどっていた銀行それも都市銀行の機能はもっと変化したのではないかと思う。実際に85年には大手十三行といわれていた都市銀行はその後の事業統合や廃業で現在では、3行のみとなっている。さてどのように変化していったのであろうか、タロウの切り口から考えてみたい。
銀行といえば晴れの日にはどうぞといって雨傘を貸そうとするが、一端雨が降ると今度は貸していた傘を取り戻すなどといって、しばしば揶揄される。それは極端な表現ではあろうが、人が資金を必要なときにはなかなか相談に乗ってはくれず、一方まったく必要が無いときに強引に貸出を迫るといったことである。しかしながらこれは本来銀行が顧客から預かっている大切な預金をしっかりと管理する義務がある以上、決して失敗をしないためにも、管理をして損を出さないという意味では当然であると思う。ところで昔は私の商社が属していた企業グループの銀行などは、どぶ板回り(昔は側溝にはコンクリートの変わりに板を蓋としてかぶせていた)などといって、住宅地の隅々まで銀行マンがきめ細かく回り、庶民が持っている小額の余剰資金を集め、それを元手に大規模プロジェクトなどに貸付をして、成長したと聞いたものである。それは不必要な余剰資金を勤勉にかき集めそれを社会が本当に必要としている案件に有効に利用することで非常に意義のある事業であったと思う。これは高度成長時代の日本が過剰なインフレを防ぐために、通貨を発行する際に実際の経済成長に見合った部分のみ発行していたので、新しい事業やプロジェクトを起こすには資金不足といった場面に常に遭遇しており、それを自前で回収した資金を持って調整していくといった極めて健全な資金調整機能であったのではないかと思っている。しかしプラザ合意を境に日本の状況は変わってしまった。即ち日本が先進国として認められたことにより、日本円の価値に必然的に先進国としてのプレミアムがつくようになり、実体経済の状況とは別に円貨自体の価値が上昇したことである。それによりどのようなことが起きたかといえば、先進国間での取り決めにより定められた経済成長率の目標にもとづき、円貨の新規発行額が取り決められる。それに合わせて有無を言わさずに日本円は増刷される。一方日本銀行はこの増刷分を直接日本国内に流通させるとたちまち日本経済は猛烈なインフレに見舞われるので、それを大手銀行に預けかつ用途を海外における使用に限定する。大手銀行はその資金で米国債を買ったり他国の株式を購入したりして、日本経済とは関係の無いところで運用する。そうすることで日本国内は円増刷の影響を受けない形でのバランスがとれるのである。しかしながら例えば急激な円高などがおこるとそのバランスは崩れる、円高はドルや外国通貨から見ると円資産の価値があがることである。従い、その傾向がつづくとなると海外で円を持っている人たちが投機的に安いうちに日本の何かを購入して、儲けようと考える、これが80年代後半から90年代前半に起こった土地バブルである。これにより主に米国に出ていた円が一斉に日本に回帰して、日本人が預かり知らないところで、日本は超インフレバブル状況になったのである。
そのなかで銀行は何をやったのであろうか、本来は貸出先の実行しようとしているプロジェクトや経営状況などをしっかりと吟味し内容を把握した上で、貸出を行い、取引先とともに事業を成功に導くことが銀行の使命であり、社会に対する貢献であった。しかしながらこれがバブルという歯止めが利かない状況のもと、その機能を失い、単に土地を担保するような単純な貸付のみを行うこととなってしまったのである。その結果はどうであろうか、土地を担保にした貸付は当然ながらバブルが崩壊して土地の価格が下がれば担保としての価値はなくなる。即ちとりはぐれとなる。銀行にとってこの取りはぐれは全損を意味する。この事例がいくつも重なれば大手銀行といえども立ち行かなくなるのは当然であった。結果として倒産する銀行も出たことはご承知の通りである。また大手銀行は3銀行に集約されてしまった。この事実は日本国が発行する増刷分の資金のオペレーションが事業目的であるならば、これは3行あれば十分であるということを意味している。
ここまで書いての結論を言えばプラザ合意以降、日本は先進国として自国の経済実態とはかけ離れたところで世界の経済を引っ張る責務が出てきたのである。これはアメリカが標榜するドルを基軸通貨としての世界管理システムを助ける補佐役として任命されたことである。その中で日本の大手銀行の役割は政府が発行する増刷分の貨幣を失敗することなく効率よく運用することになったのである。そうなれば過去のバブルのような間違いは許されない、米国債運用や自動車事業とか大型スーパーとか或いは商社の資源開発部門などの安全確実な資金提供先に限定されるのである。また別にサラリーマン金融業やリース、クレジット会社などのノンバンクといわれる業種への資金提供があり、これは大手銀行自体は各産業の末端にはなるべく食い込まず、自身はノンバンクや大企業を通じての間接金融を行い常にリスクをヘッジしながら資金提供を続ける組織になってしまったのである。実際に銀行の資金供給を得た某商社がブラジルの国営航空会社の持っている70%の飛行機をすべて所有しており、これを航空会社にリースすることで運用利益を得ているというのである。このような場面に我々の円資金が使われているとは驚きである。これは当然ながら負の面を持っている。これでは巷に言われるように中小企業の経営には合理的な金利が適用される直接金融は供給されず、再投資などの発展が見込めないからである。日本がこれまで発展させてきた技術はここで終焉を迎えるか、海外に出て行くかの選択しか残っていないのである。
人為的に増刷され、有り余る資金を実体経済に影響を及ぼさないように動かすことが、まさしく今の金融財政政策の根本であり、それをただ漫然と右から左に流すのが今の大手銀行の役割なのである。この20年の間につまらない仕事に変わったものである。
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