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November 25, 2006

タロウのD通信第75号

――――― 日本の本当の民主化が見えてきた ―――――
最近の自民党内の復党の議論をみていると、彼らがどうして復党を希望しているのか、また反対派はどうしてそれを望まないのか、といった点で本音のところがうかがえて面白い、即ち議席は確保したいが、政治家としてポリシーを捨てることはしたくないといった矛盾する思いが交錯する中で何を残して何を捨てるのかということに逡巡しているようである。月曜日の結果を見て見たい。多分出張先のインドで知ることになると思うが。

ところで個人的なことで恐縮だが、私がどうしてこのように、海外を飛び回る生活になったかというとそれにはそれなりの理由がある、今思い起こすと好き勝手なことをした高校時代の付けで浪人生活をしていた際、なかなか目標が見つからずそれこそ逡巡しており、その時に知り合ったアメリカ人の青年から日本の民主主義はなっていないといきなりコメントされ、それが不快であったと同時に何がだめなのか理解したいと率直に感じたことであった。その後大学では中国語を学び、仕事は念願の商社に職をえることができた。そして中国を始めアジア諸国またヨーロッパ、アメリカ、ブラジル、トルコ、ロシアなど多くの国の人と知り合う機会を得た。そこで感じるのは当たりまえのことだが、皆家族の幸せ、自分の幸せを目指して一生懸命に働いていることである。一方それぞれの政府は有権者である国民が納得するようにそれぞれに政治機能や、政策を工夫して運用していることである。これはすでに立派なことなのである。これに対してアメリカが自分の考えていることと違うからお前は民主主義ではないという批判する事象には当たらないと思っている。それはそれぞれの国民が生きていくための現実が必要とする政策であり、国民が認めた政治だからである。実際にアメリカの民主主義は優れたものであるかもしれないが、これは完璧ではないことは自明の理であり、この点を理解していれば他国に押し付けることは決して出来ない筈である。今の日本に目を戻すと、どうも小泉政権以降自民党の性格がはっきりとしつつあるように思える。即ち米国共和党を模した小さな政府主義である。これは、名称は小さな政府とついているがその実態はちょっと違う、財政・金融の政府によるコントロールがその根幹であると思う。具体的には庶民にはなるべく自由な金を持たせず、政府のコントロールが利く一部の事業体に資金を集中化して思い通りの経済運営を進める方式である。この場合政府の意向に沿い資金を得た事業体や個人は大いに豊かになるが、その意に従わないあるいは、選ばれない事業体や個人は一向に金の恩恵は得られずに豊かになれないといった問題点がある。一方自民党の中でも津島派(旧田中派)はちょっと色合いが違う、上記とは逆に田中首相より橋本首相まで続いた高度成長後期の経済的円熟期に、自由に使える金をどんどん民間に供給して、民間の総合力を利用して経済を発展させた方式である、これは大きな政府といっても良いと思う。結果として田中首相自らもそうであるが、小学校卒が総理大臣にまでなったジャパニーズドリームが現実に達成されたのである。地域経済活性化重視という点では、米国で言えば民主党に近いか?

こう考えると、郵政民営化というのは、小さな政府を目指す現自民党が、自分でコントロールできる新たな手段を獲得するために恣意的にすすめた重点政策であり、それだけにそれに公然と異を唱えた議員の復帰を人情論などで簡単に認めることは自己の否定につながる恐れがあり、それだけに中川幹事長をはじめ執行部は強攻策を持ち続けると思う。

ここドイツでも一時は緑の党などの躍進もあったが、結果としては大きな政府といえる社民党に吸収されたかの感がある、一方で小さな政府を標榜するキリスト教民主党=CDUはメルケル首相を中心として社会福祉削減をすすめ、アメリカ共和党寄りの政策を掲げている。その意味ではドイツはすでに小さな政府、大きな政府という観点では民主化を達成している。またこれはある意味では当然のことと思う。即ち同じ欧州語なおかつアングロサクソンと同じ語族である、ゲルマン人は日本人よりはるかに簡単にアングロサクソンの考えていることを理解できるのである、それも良い面、悪い面をあわせて、その中で出来上がったのが今のドイツであり、アメリカの標榜する、小さな政府、大きな政府の考え方をすでに完全に会得して、うまく微調整をしながら政策を進めているのである。日本についても徐々にだが同じ状況になりつつあるのではないかと期待している。特に小沢民主党は、今静かにしているが、虎視眈々と自民党内の津島派をはじめ多くの大きな政府派はの議員の切り崩し、融合を画策しているのではないかと思う。そしてそれが実現し、かつ民主党内の一部の小さな政府志向の議員の脱党などがあれば、これでひとつの日本政治の民主化は達成されるのではないだろうか?そのためには議員の皆様には落選を恐れずに己の意志に沿い来るべき困難に立ち向かう気概を求めたい。

このように考えると戦後60年ようやく、日本もアメリカが認める一人前の民主国家と認められる水準になりつつあると思う。 その意味では小泉政権というものは時代のターニングポイントで忽然と出現し、その無茶苦茶とも言える動きで政界をかき回し、結果としてそれ故に、ドイツのように民主化を達成するチャンスが到来したと思っている。そして達成後アメリカに対して民意に基づき公然と”NO“と発言が出来る国になったときこそ、本当の民主主義国家となり、日本の主権が確保されるものと願っている。

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