タロウのD通信第78号
――――― REACH (新欧州化学物質規制法)の制定 ―――――
昨日2006年12月13日ヨーロッパの環境問題や化学業界の方向性に重大な影響を与える新法案REACH法がヨーロッパ議会にて採択された。これにより2018年までにその完全実施が義務付けられることになったと同時に過去20年に渡る議論に決着がついたことになる。このREACHとは、化学物質(Chemicals)を管理するために、登録(Registration), 評価(Evaluation),許可(Authorisation), するといった一連の手続きを法により実行することを意味しており、英語での表記 Registration, Evaluation and Authorisation for CHemicals のそれぞれの頭文字をとり、これと達成という意味のREACHを引っ掛けている。なぜこの法律が大きな意味を持っているのであろうか、背景も含めて筆者なりに考えてみた。
そもそも欧州は有機化学工業の発祥の地であり、ヨーロッパの地で採掘された石炭から抽出されたベンゼンやナフタレンなどを加工した、爆薬、合成染料やそれに続く農薬、医薬品などが開発され、世界に供給されてきた。特に医薬品やそのほかの機能性化学品などはスイスやドイツなどの多くの企業が事業化しており、今でもそれぞれは世界のリーダーとして君臨している。また戦争のための合成火薬の開発やナチスドイツによる毒ガスの使用などヨーロッパがたどった影の部分でも化学工業は重要な役割を果たしてきた。その後度重なる戦争が終焉した、第二次大戦以降のヨーロッパは成熟期を迎え人々の興味は更なる発展よりも現状維持、環境破壊よりも環境保護へと変化してきたのである。その中で過去には経済発展の牽引車としてそれなりの貢献を果たしてきた化学工業は欧州の地では衰退しつつあり、これらの事業は地理的には遠いが、しっかりとした技術を持っている、インドや中国にアウトソースすると言った考え方が主流になりつつある。この背景には基本的にこれらの化学製品の原料(=中間体)は人体に暴露すると健康に大きな影響をもたらすといった過去の経験がその背景にあり、それならばそのリスクを受けいれても、その日の糧を得たり、より豊かになりたいと欲している、インドや中国に任せれば良いといった考え方につながっている。一方手っ取り早く豊かになりたいと思っているインドや中国は喜んでこれらの仕事を引き受けているというのが、この業界の現状である。実際我々日本も過去80年代の中葉まではこれらの化学原料の欧州向けの供給拠点となっていた事実は忘れてはならない。
しかるに欧州各国はこの歴史の変化にどのように対応してきたのであろうか?それは80年代初頭に欧州共同体政府(当時はまだECといっていた。)は度重なる環境保護論議や人体への暴露の問題に対して何らかの規制をかけるべきと考えており、アメリカが採用した既存化学物質制度を取り入れた、しかしながらアメリカとは異なり古くから化学工業が発展していた欧州では申請時にすでに製造流通していた数多くの化学物質を無条件に受け入れざるを得ずしたがい、なんと100,000種類の化学物質(原料)が既存物質として登録されてしまったのである。当然ながらそのうちの多くは完全に黒とはいえないまでも、人体や環境への影響が疑われており、それぞれに多くの問題を抱えながらの規制であった。一方それだけに新規化合物の認定にはハードルを高くせざるを得ず、この20年間になんとわずか3,000種類しか新規化合物として欧州では登録はされていないといった矛盾が存在しこれが常に問題視されてきたのである。その中で欧州共同体が欧州連合EUへと発展するにつれて、この問題への新たなる対処がEUの課題となり、その具体的な解決策として、過去20年に渡って議論されてきたのがこのREACHなのである。この法律は上記にも記載したが簡単に言えば現存のすべての化学物質(原料)を再登録し、年間の流通或いは製造実績によりその安全性を評価し、対処が必要な物質は規制物質として製造販売許可を申請するということである。欧州政府の発表によればこの一連の作業に掛かるコストは今後11年間(すべての作業が終了する2018年まで)に30-50億ユーロ(4,500-7,500億円)と試算され、一方でこれにより安全管理ができることで今後30年間に550億ユーロ(8兆2500億円)の医療費の低減や、実験動物のコストが削減できるとしている。
これが同法の概要ではあるが、実際に医薬業界や化学業界に携わる人間として同法に接し、かつ欧州に居留している人間の見地からこの法律を見ると、一言で言ってこれは欧州における、化学原料のビジネスの終焉を意味しているに他ならないと思う。即ち過去には欧州はひとつの原料資源から数多く得られる副生物を無駄のないように利用してその総合力で世界的な競争力を維持発展させてきた、それには当然最終製品ではなく化学原料として販売しなくてはならないものもあったであろう、しかしながら同法はその営業行為に対して新たなる法制を突きつけ、コストをかけて再度登録をすることを義務化している。またこれは同じくインドや中国また一部はアメリカや日本から原料として欧州に輸出されている原料についても同じであり、もし今後同ビジネスを継続したいのであれば、輸入者或いは輸出者がその費用を負担しなくてはならないということになるのである。仮に安全性データ取得時に毒性が疑われるようなものについてはその後の評価、許可の手続きが待っており、それに必要なコストは多額となり、多くの化学原料の事業は立ち行かなくなることが予想される。それではREACHの完全実施の2018年に向けてどのようなことが起こるのであろうか?筆者なりに予測すれば、今医薬品業界で行われていることと同じく、欧州は最終製品の開発に特化して、原料はすべて海外にアウトソースといった流れになるのであろう。そうなればますます、インド、中国との関係は重要であり、今までのように従属的な関係から、対等なる関係維持作りが求められるのではないか?
アメリカはこのREACHに強硬に反対している、あくまでも自分で定めた既存化学物質法が最善であり、世界のすべてがこれにしたがうべきとのスタンスでいる、日本は例によって太平洋の向こうの国に右に倣へ、である。地球はひとつであり、その実質的な距離がますます狭くなる中、他国との共同事業をする上でこの考え方の違いをしっかりととらえた上で柔軟に対応することが、重要ではないだろうか?
追伸:早速読者の方からコメントを頂き、実は既存化学物質制度(化審法)をもっとも早く制定したのは日本であるとの事です。1971-74までにその準備をして、75年から施行しているとのことです。訂正させていただきます。
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