タロウのD通信第80号
――――― ドイツ在住4年目の最初に ―――――
早いもので2003年の9月に当地に居住以来、4回目の新年となりました。その間EUは地域共同体として紆余曲折はありましたが、確実に地歩を固めつつあるところは万人が認めるところではないでしょうか?90年台のソ連の崩壊後アメリカが唯一のスーパーパワーとして君臨していた時代から、今はその対抗勢力としてEUやBRICSが存在しております。その大きな変化のうねりの中でドイツに欧州に本拠地を置き現実を体感できたことは大いに幸運であったと思っております。
先日インターネットを介して視聴している日本の政治討論番組で、政界でも一目置かれる大ベテランのコメンテーターが日本も本当の民主国家になりつつあるし、安倍政権はその旗手であると持ち上げた上で、意外にも今まで我国はアメリカにぐちゃぐちゃにされてきたから、これからはいよいよそれから離れるべきとのコメントをしておりました。これを聞いて日本も確実に変わりつつあるのだと感じました。実際に90年代はグローバルスタンダートなる言葉が横行し、私自身もアメリカンスタンダートを絶対化して、相手の気持ちもわからずに中国人の前で得意げにしゃべった若いときに自分を思い起こし、今では恥ずかしくなります。アメリカの一部分になることが、日本の繁栄をもたらすといった他力本願が可能と真剣に考えていた滑稽さに、今日本人はやっと気付き始めたのではないでしょうか?
欧州に来て最初に感じたことは日本では欧米といって十把一絡げで一様なものと理解しておりましたが、現実はそれぞれの国に独自の言語があるように全くことなった主義主張を持ち合わせており、それぞれが協議妥協をしながらEUという組織を作っていることでした。これは日本にいたときの認識とは大きく違っていました。また欧州人はアメリカ文化の存在を認めているけれども、この文化が栄えている基盤を新世界と称してあくまでも自己の存在している旧世界(クラシカルワールド)とは異なったものとして認識していることも新鮮でした。また本稿でも何回か連載したが、ともにEUの中心国を自認している、ドイツとフランスの両国の違いはそれぞれがドイツ人、フランス人として生存できるように国家、国民が日々の教育により躾を行い、人々がそれを会得していくことによること、またそれがあるからこそ、国がまとまっていること。だが一方ではこの考えかたが、時として合法的な移民との間に細かな確執を生じさせ、これが将来への不安となっていることがよく分かりました。ここには理想とは別にそれぞれに譲ってはいけないものを何とか確保しながらもお互いに妥協を図りたいといった現実的な問題が垣間見られます。
このような中、先のイラク問題で独仏が正面から米国に反対したことは注目に値すると思います。 即ち事情はどうであれ、モラルとしてやってはいけないことはだめであることを両国は体を張って国際社会に示したのであった。この背景には当時のEU運営の成功が両国に自信をもたらし、それまではアメリカを唯一のスーパーパワーとして皆がひれ伏していた状況から自ら脱却することに成功したことがあります。一方これに危機感を抱いたブッシュ政権は日本を始め他の同盟国との関係強化に奔走しました。歴史的にアメリカの親である英国もこのアメリカの動きを正面から支援し、また日本でも小泉政権はまさしく親米政権として協調或いは従属?路線をとりました。しかしながら、同じ先進国でも英国と日本ではその立場がことなります。同じ英語国家として国民がアメリカの状況を正確に把握することが可能な英国と、いまだに数千年に渡る中国の影響を受けた上での独自の文化を有する日本ではその土壌が全く違うからです。 実際にはその時にまさしく天職として登場したのが学者大臣でした。同大臣は経済学者としてアメリカの経済の仕組みに精通しており、それを分かりやすく日本の持ち込むことが可能な人物として小泉首相からの抜擢と信任を得たのです。結果として、最初を論理的支柱として動いたが、周囲の自民党議員や官僚の支持を取り付けることはできずに、最終的には首相よりすべての権限を与えられ、アメリカ型資本(拝金)主義経済の仕組みの導入を実力行使で図ったのです。その結果、一部はアメリカ型が浸透したように見えたが、ライブドアや村上ファンドといった実態のないビジネスがもてはやされてしまい、そのいずれもが挫折をしたか、今その成長に限界が見られているいるようです。
ここで考えなくてはならないことは、日本がなぜいとも簡単にアメリカの仕組みそれも失敗するような仕組みを受け入れることになってしまったかという点です。そこでいえることは2000年以上続いた日本文化を正しく認識し、後世に伝えるという愛国心や魂を敗戦のショックと生きるための現実的な要求から、あっさりと捨ててしまい、結果として、古いものは一様に時代遅れなものと位置づけてしまい。それを取り入れる努力をしてこなかった我々にこそその問題であるのではないかと思います。これが首相が提唱する教育改革であり、取り戻した姿が、美しい国というのであればこの考え方を正面から支持をしたいと思います。
ところでNHKの歴史番組で見たが、平安時代日本の官僚組織はすべて中国の仕組みをベースとしており、公用語も漢文であったとのことでした。しかしながら、奈良での律令国家設立以来、日本も独自な発展をしてきて中国文化のそのままの取り込みだけでは社会がまとまらなくなってきたのです。そこでひらがなを公用語として使用し、今までの中国一辺倒から新しい日本文化(国風文化)を作り出し、国家の団結を図り国家の危機を救ったとのことでした。今日本は正にそれと同じ判断を迫られつつあるのかもしれないと思います。ただ当時は中国=海外であったが、今は米国=海外ではないことが大きく異なります。この点で我々は多くの諸国と確実に関係を維持し、独自の道を探るべきではないでしょうか?その意味で現政権がアメリカを始めとする諸外国からの距離をいかに保つことができるかを注視していきたいと思います。
「ヨーロッパ」カテゴリの記事
- バブル崩壊の失政の反省はなされたのだろうか?1 Vol.93(2007.05.26)
- 5億人のEUで官僚は僅か2万人 Vol.101(2007.07.08)
- したたかヨーロッパ外交 Vol.97(2007.06.08)
- コムスン事件と環境問題 Vol.96(2007.06.07)
- 最近の円安このままでよいのか? vol.90(2007.05.06)



Comments