バブル崩壊の失政の反省はなされたのだろうか?2 Vol.94
前号でバブル経済の発生した背景と、その後について触れた。即ちプラザ合意によってもたらされた日本における金余りがその行き先を見つけられず、土地及び株に向かい結果として実態以上に土地と株の価値が高まってしまい。それに気がついた外資や、国内の投資家がいっせいに資金回収に走ったためにお金の貸し借りを通じて機能していた信用関係が効力を失いバブルは一気に崩壊してしまった。その後のどん底とも言える、景気低迷にあせった政府および行政部門は過去の成功体験に基づく公共事業の活性化にその活路を求め、地方自治体が独自の判断で公共事業投資をやりやすくするために簡単に国税を利用できる仕組みを提案し多くの箱物を作った。結果としてそれが第2次バブルを産み、現在の地方自治体の巨額な財政赤字発生の根源となっているのである。
これを振り返ると、一連の借金を作り上げた背景は政府が経済を自由放任してしまった結果、過熱した投資や限度を超えた借金をしっかりと抑えるといった、現代の資本主義国家にとってもっとも重要な責任を果たさなかったことが分かる。またその上に土地、株の一次バブルが明確に崩壊したにもかかわらず、それを自分自身の問題として捉えず、疲弊した企業を横目にまだ健全であった地方自治体までバブル禍に巻き込んでしまったという2重の失敗を犯してしまったのである。これは明確に今の政府及び行政組織はこの1億3千万人の人口を有する先進国日本を運営する能力がないということを示している。では何が原因でそうなってしまったのであろうか?その中身を良くみてみると、政治と行政の馴れ合いといった構図が挙げられる、これに民間企業も経団連などの財界を通じて加わっており、いわゆる政官業が一体化しての作られた癒着構造が問題であったものと思う。この仕組みは戦後復興を目的とした日本株式会社の発展・運営には世界が目を見張る貢献をしたが、一方で日本が経済復興を達成し世界第2の経済力を有する先進国として認められたその日、85年のプラザ合意を持ってもはやその使命は終了したのであり、その事実を政官業が認識せずにそのまま継続させたことこそが真の原因であったのだ。その後一部はこれに気がつき、現在旧来の種々仕組みや制度の改変をトライしているが、実際にはほとんどの政治家はいまだにこの構造に寄生することで生業を得ている状態であり、解体に向けての具体策は進展していない。結果としていまだにこの仕組みにより直接利得をえることを当然の約束された権利であると認識している、政治家、官僚、民間人が数多くおり、彼らはシロアリのごとく、談合や不正な政治献金による利益誘導などを継続して私腹を肥やすことに邁進している。これでは今の時点で憲法改正などしても実効性が伴わないことは明白ではないだろうか?
ここドイツでの行政を見てみると一番日本と異なることは行政に携わる人々は国民、市民に対する行政サービスの提供に特化しており、政策決定にはほとんど口を出さないことである。政策決定は当然のことであるが政治家の仕事であり、行政の仕事ではないのである。日本のように東大法学部を出た優秀な学生が好んで行政機関に進み仕事をするようなことははなから存在しないのである。その結果日本はキャリアと呼ばれる役所のトップが政治家と癒着して国家を運営しているという仕組みが出来上がったのである。実際にこれをよく見ればお隣の社会主義中国とまったく同じやり方なのである。それではどうすればよいのだろうか、仮に今回の憲法改正論議の根本に真の日本の民主主義を確立すること、即ち戦後経済復興臨時政権時代に自ら別れを告げ、これから本当の民主主義国家を標榜するのであれば、集団的自衛権の問題はさることながら、まず政治と行政の癒着体質を徹底して切り崩す必要があると思う。その上でその恩恵にただで相乗りしている大企業中心の財界との癒着も断ち切る必要があるのではないだろうか?即ち政治家は政治を、行政は決められた政策と国家運営の実行を行うべき部門としてはっきりと分ける必要があるのではないだろうか?この問題の解決こそが今の日本に必要なことである、仮に現憲法が占領軍の押し付けてあるとしてもその改正のポイントは第9条よりも、果たして新の民主国家としてふさわしい憲法であるかを見極めることである。
来る参議院議員選挙を前に我々が考えることはまずこの点をきっちりと示せる政党はどこなのかを見極めることであり、見極めた上は投票した政党に全面的な信頼をよせ、ともに政官財の癒着構造を切り離す仕組みを改革していくべきではなかろうか?今我々一般国民に課せられた課題は重大であると思う。
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