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July 12, 2007

外資襲来1 Vol.103

日米投資イニシアティブ報告書2005年版で日本政府(経済産業省)は中間報告を発表している。そこには2001年の小泉・ブッシュの両首脳による日米間投資の促進協定が順調に進展して米国より日本に投資された金額は、2004年度には約1000億ドルの投資残高となった旨の報告がなされている。それは2001年度に比べて1.5倍の規模ということである。巷ではファンドに対する国民の評価はそろそろ定まったかのようであるが、本年度より三角合併も解禁され、いよいよアメリカの投資ファンドの進出は本格化すると見られている。

同報告には日米の投資を促進する日本側のメリットとして下記が掲げられている。『対日直接投資に伴う新たな技術・ノウハウの導入が、硬直しがちな企業経営に直接インパクトを与え、変革を促す原動力となりうるものである。また外国直接投資は雇用の創出効果があると同時に消費者の需要創出、選択肢の拡大、便宜向上に大きく貢献するとも認識されている。』とすべて良いことがあるように書かれている、しかし現実にはどうであろうか?短期的な利益を追求し、事業経営の能力もない投資ファンドの参入を招き、新たな技術・ノウハウが日本にもたらされたどころか、会社の経営が危機に晒され、貴重な顧客リストや技術の流出し、日本長期信用銀行のように政府が大量の税金を支援したにもかかわらず、投資ファンドに叩かれて、大きな損失を出して別の銀行になった例や、経営難に陥った小田原の政府系保養施設のように455億円かけて投資した施設をわずか8億円で米系ホテルチェーンに売却したといったような悲惨な現実は実体を示している。果たしてこのような改革が日本の国益に合致するのかといえば決してそうではないといわざるを得ない。

さてある総合商社の株主構成を見ると資産運用会社や投資信託がずらりと並んでいる。かつて六大企業グループの旗艦商社としてしっかりとその地位を固めていた会社も現在では様相がまったく変わっている。実はこれこそが小泉、自公改革がもたらした後果なのである。2001年に日米投資イニシアティブの方針が確定後、政府はアメリカより具体的な投資対象を差し出せと強いプレッシャーを受けていた。日本企業はバブル崩壊の後遺症が根強く残りまた98年の金融ビックバンなどにより不良債権拡大の問題に苦しんでいた、特に銀行やその銀行の資金提供の元にノンバンク的な資金運用をつかさどっていた総合商社の状況はひどかった。その中でも財務力の弱い非財閥系の企業グループの会社は各社ともに存亡をかけてもがき苦しんでいた。また大手銀行もアメリカが仕掛けたBISの規制による自己資本比率の維持が株価の低迷により重くのしかかり、分子である貸し出し残高を減らすことに躍起となり、中小企業に対する貸しはがしやグループ内企業に対する融資上限の設定などが相次いでいた。このような時期にアメリカから次のプレッシャーがかかる、有利子負債の大きい企業は先行きが危ないから、これを何とかせよとの要求であった。具体的にムーディーズやスタンダートプアーズなどの米系格付け会社が会社の役割や事業の実体を見ようともせずに勝手に財務諸表上のDER(Debt Equity Ratio=有利子負債比率)だけに注目しこの数字が大きいということで勝手に格付けを下げ、その資金調達方法を制限した。戦後このような外資の直接介入は初めてだった各社はこの対応に苦慮した、この商社でも30代前半と見られる若い格付け会社の担当者に社長以下すべての経営幹部がインタビューの相手をして会社の現状は正常であると説明することに追い回された、しかしながら、政策的に日本の会社をつぶし、その後投資会社を通じて、その経営権を握り、リストラを行い、他社に売り渡すことで利益を確保することが目的である米国は、格付け会社を利用することでこれらの会社の経営を悪化させ、後は会社自らが経営権を放棄することことを求めていた。それに加えて米国政府は日本政府に対してもさらなる改革の進展を求め、それまで六大グループと呼ばれていた(三菱、三井、住友、第一勧銀、富士、三和)を4グループ(三菱、三井住友、みずほ、UFJ)に集約したにもかかわらず、さらなる集約を望み、これに応える形で半ば強引に最小のUFJを解体、東京三菱銀行に吸収合併をさせた。結果としてこの動きによりUFJグループの企業の多くは生き延びるすべを失い、新たなる再編を迫られることになったのである。それら実体をフィクションで再現してみたい。

それはこんな形で進められた。私は2000年当時L商社の営業課長としてその業務についていた。平穏な正月が開けてすぐ、2001年1月、突然上司より休日出勤の命令を受けた、その日は成人の日の1月8日であった。会社に出向くと上司が普段とは違うカジュアルな服装で、実は明日重大な発表が東京証券取引所にて行われる、それは我社の化学品部門とライバル会社のU社の化学品部門との事業統合である。それを聞いた私は一瞬耳を疑った、即ち相手方の会社は永遠のライバルと謳われていたU社だからである。本当ですか?理由はなにですか?上司よりは今の事業をより発展させるためにライバルと組むんだよとの簡単且つ明瞭な回答であった。化学品というのは一般に文系出身者が多い商社にとっては特異な部門である。即ち商品そのものを扱うのに一定の化学の知識が必要だからである。したがいその習得には時間がかかり事業としての効率はあまりよくはなかった。逆に我社はそれを積極的に習得することで上位商社に比べても遜色ない業績を残していた。一方同じような規模のU社も同じ考えで、お互いに上位商社は怖くないが、最も気をつけなくてはならないライバルと認識していた。その日の自宅への帰途、この運命的な決定の帰趨を自分なりに考えてみたが、新しいフラットな組織は、単純に営業のしやすさから考え、常に厄介な社内稟議に頭を痛めていた中堅課長職としてまんざらでもないといった楽観論を結論として求める自分があったことを覚えている。結果としてその新しい事業統合会社Bは種々必要な会計処理対策のために迂回会社を経て晴れてU社から80名、我々のL社から60名が転籍し、2001年10月に設立したのである。社長はU社側の副社長、No.2の専務は我々のボスがL社代表として着任した。また新社屋も隅田川を眼下に臨む高層ビルの高層階の真新しい一室と決まり、新たなる旅立ちに皆意気揚々としていたものである。しかしその時すでに水面下では大きなマグマが地表を突き破ろうと上昇してきていた。

米国は構造改革の進展が遅いと益々、日本政府にプレッシャーをかけてきた。それには97年度より始まった東南アジア金融危機が落ち着き、当座の仕事に目処がつき新たなるターゲット(投資先)を求めていた米国の投資会社の突き上げが背景にあった。米国は2002年以降、投資残高が伸びないと再三に渡って日本政府にクレイムをだしていた、そしてもっと確実な投資対象を作ってほしいと、暗に生贄を要求した。これに対して政府は具体的な方法を検討せざるを得なかった。しかしこの作業は官僚と企業との間で学閥や天下りなどが一般的な日本の構造の中では困難を極めていた。一方でこの時期お互いに大量の不良債権を抱えて四苦八苦していたT銀行とU銀行はU銀行の最大の融資先のU自動車の賛同もあり、新たにWGK銀行として統合が完了し、一息ついていたときであった。しかしながらその後日本政府は米国の要求に応えるために、WGK銀行及び同金融グループの解体を苦渋の決断として打ち出すのである。これにより資金供給経路を絶たれ経営難に陥る同グループ系の企業を米系投資会社に差し出すことを米国に対する回答として用意していた。その結果政府はWGKに対して、不良債権を処理するために金融庁が公的資金の注入をするための調査チームの派遣時にその実体を隠したとの密告を問題として顕在化させ、そこに不正があったとして一気に取り潰し、他行への吸収合併へとすすめていったのである。これにより2005年に無念にも江戸時代に大阪の両替商として創業した名門銀行が一気に消滅したのである。

前後するが、2002年に新たに発足したWGK銀行の経営は安定したと見られていた、しかし統合後の銀行としてはその規模が比較的小さく見劣りしていることに加えて非財閥系である、グループ内企業には財務体質の弱い企業が多く不良債権の問題は大きく陰を投げかけていた。この現状に対して、自行の存続が第一と判断した同行はグループ内の企業に対しての資金提供の見直しと制限を打ち出し、グループ内のLとUの両商社にたいしてもクレジットラインを大幅に引き下げ、融資総額を減らしたのである。この有無を言わせない対応に対して両商社はこれまで営業資金を提供していた自社子会社群に対しても同様の対応をとらざるを得なくなったのである。結果として2002年に突然当時すでに年間1000億円程度の売り上げがあった我々B社への資金提供の打ち切りを提案してきたのである。この提案は他人の資金を利用して事業を切り盛りしている商社に対しては死を意味することと同等である。経営陣は強硬に反対し抵抗するも、LU両社自身の存続も危ない状態にてこの提案を受け入れざるを得なくなった。一方平行して両社及びB社は代替案を探していたが、そこに浮上したのが政府の外郭団体即ち独立法人の日本発展投資銀行からの融資であった。この話を聞いた社員はひと時、皆これはすばらしい解決策であり日本も捨てた物ではないと安心し小躍りたものである。しかし実はそこに大きな落とし穴と巧妙な外資の仕掛けがあったのである。

続く。。。。

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