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December 20, 2007

財政問題は安全保障の問題である Vol.132

本日発表された通り,薬害肝炎の原告の要求である一律補償に対しても政府は財政不足を理由に受け入れないことを正式に発表した、これは政府の試算では1兆円以上掛かるという一律補償が現在の財政状態では対応できずに現実的に対応可能な200億円の限定保証が精一杯であるということが背景にあるようである。これでは、毎日苦しんでおられる、被害者の方々に対しては本当にお気の毒と思う。また財務省の国家予算原案が発表され基礎収支が5兆1900億円の悪化するとのことである。これは言うまでもなく過去に積み重なってきた、国債の利払いや償還が重くのしかかってきており国の財政が危機に瀕していることを示している。このことは国自体が現在の国家財政が厳しく、少しでも支出を削減する必要があることを正式に認識しているということを示している。しかしながら一方では渡辺行革大臣が進めている独立法人の改革は遅々として進まない、政治家も大臣になると身内の官僚にすぐ目を向けてしまい、官僚の歓心をつなぎとめるために天下り先の削減には応じようとしない。これには、はっきりと国民の安全や生活の保障を二の次としてまでも官僚の支持を取り付けたいという今の自公政権のやり方が見て取れる。結局これら身内の利権ばかりを確保して、本当に必要な財政再建策の不徹底が社会的弱者へのしわ寄せとなり、今回の薬害肝炎のように理不尽な対応が決められるのである。こうして政府は納税者である、国民の利益をないがしろにして、国の現体制維持のために費用を浪費するのである、結果とし次の借金は重く国民生活にのしかかってくるのである。ところで昨日のNHKテレビを見ていて、非常に面白く印象に残った歴史番組があった。それは江戸時代初期の対馬藩についての逸話の紹介であった概要を下記にすれば:

対馬藩は耕地面積が少なく、山がちな地形にて農業では食べていけず、結果として朝鮮半島と日本との貿易を中継することでその生業を得ていた。したがい当然ながら日朝両国語に堪能な官吏を多く有し、かつ両国の事情に詳しく通じており、両国の商業上のかかわりのみならず、国家間の外交においてもその仲介をすることで安定した地位を得ていた。しかしながら、豊臣秀吉の時代になって朝鮮王朝との戦争が発案されると、その立場が危うくなり、その結果戦争に多くの官吏、領民が借り出され多くの人材と富を失った。豊臣政権崩壊後の徳川時代になって、幕府は朝鮮との外交を復活させようとしてその文書を対馬藩経由朝鮮国王に送ったが、その内容は朝鮮を見下す内容であったので、朝鮮の政治事情に詳しい対馬藩は独自の判断で内容に修正を加えて相互平等の立場での外交を求める内容に書き換えた。結果としてそれが功を奏して、日朝間は平等な立場で明治維新まで交流を続けることになった。なお後になりこの国書取替え事件が明るみ出たが、時の将軍家光はその功を大として沙汰を出さず無罪放免としたとのことである。

以上が概要であるが、当時の日本には統一国としての面子はあったが、その本質は平等互恵の精神による対等外交であり、そこを日ごろの情報取得、およびその正確な分析により理解していた対馬藩の智恵と機知に富んだ対応がこのような平和かつ安定した外交関係をもたらしたものと思う。またそのなかには厳しい土地柄ながら、しっかりと財政基盤を維持して独立藩としての体裁を保っていた同藩の健全な運営も重要な背景であったことを忘れてはならない。ところでこの対馬藩の例を見た上で、明治時代の朝鮮半島をみると興味深いことが分かる。日本では、江戸幕府が米国の開国要求に屈して、大政奉還を行い、それを引き継いだ明治政府が猛烈に富国強兵政策を推し進める、一方清国の柵封国として太平を謳歌していた朝鮮はその国家財政が破綻しつつも貨幣改鋳などを繰り返しその命脈を保っていたが、そのうちに日本の軍事力が突出して強くなると、資金・人材不足により、これを独自に抑えることが出来ず、清国にその助けを求めることになった。しかしこれが大失敗であった、結果として頼みにしていた清国も大きな財政赤字を抱えており、必要な資金確保が出来ずに日本に対してまさかの敗北を喫してしまったのである。その後無力な朝鮮は大韓帝国を設立して中立国としての自立の道を模索したが、過去の浪費と人材不足を改善し国家を維持し立て直す実力はなく、残念ながら日本の併合へとつながるのである。これはかつて東アジアにしっかりと地盤と名声をもった国家朝鮮が過度に封建制に安住し、自らの失政による財政破綻と、外国の事情に対する勉強不足によりその変化を掌握できず、その結果新興国である明治日本の植民地となる屈辱を招いてしまったのである。当時の朝鮮は危機に瀕して何も対応をせずに、自らが胡坐をかくことで、同国が新興国日本と帝政ロシアの侵略の対象となっていたいことを見誤っていたのである。

ところでこの僅か100年前の歴史は我々に、今の日本がおかれている立場が当時と相似していることを教えてくれている。今の日本は戦後60年以上に渡って盟主として頼ってきた米国に対抗する勢力として中国がその力を急激に伸ばしている事実を積極的に認識せずに、かつ過去自国が戦後体制下で経済大国であったという栄光にとりすがり、いまだに自らが大国であるかの錯覚を持っている。実際のそのよりどころになるGDP値にしても、確かに表面上は世界第2位であるがこれは多額な借金総額がそのなかに水増し分として加算されており、借金の部分を差し引いた実質的な経済力は欧州の主要国に比べて小さいことを理解している人は少ないと思う。世界は戦後急速に地理的に縮小化している、また中国を始めBRICS諸国の台頭により米国一国支配は崩れようとしている。この状況下日本の立場は米中両大国にはさまれ、以前とは全く異なっている。このことを考えると今の日本がおかれている状況は明治時代の朝鮮か、あるいはもっとさかのぼって江戸時代の対馬藩の状況に近いと考えるべきではないであろうか?なぜ対馬藩が生き延びることが出来、朝鮮が崩壊したかを見つめなおすことで、今の我々に必要なことがわかるのではないだろうか?それは、我々日本人は今こそ真剣に両大国の仕組みを勉強し、当然ながら、両国の言語である、英語、中国語を理解し、緊密な付き合いを深め、それぞれの求めを的確に理解できる能力を取得した上で、お互いに覇権を取りたがる、米中両国の平和の橋渡しをすることが生き延びるための方向性ではないだろうか?そのためにはまず自国が置かれている立場をしっかりと認識し、自国のことは自国でまかなえる本当の自立を達成しなくてはならない。さもないと朝鮮のように他者に頼ることになり、これがもくろみ違いとなれば、簡単に破滅を招くからである。そのために日本人はここで智恵を振り絞り、現政権のように米国一辺倒と官僚専制を支えつづけ、いたずらに借金を増大させるべきではなく、目前の負債をしっかりと返済し国家財政を正常な姿に戻すことを始めるべきである。まだ遅くはないと信じている。実際に資金の需要というのは、いつも太平が崩壊した時に突然やってくるものだからである。

ところでここ欧州にはベネルックス3国という非常に参考になる存在がある、自らはもちろん独立国として存在しているが地域の覇権は求めていない、その上で仏独英といった大国間の調整役を自ら買って出て、欧州の平和と安定に寄与している、これから日本や隣国の韓国は米国、中国の間に挟まれてこれと同じような役割を求められかつそれを果たす機能を持ったときにこそ、初めて次の時代の政治的・経済的な安定が得られるのではないだろうか?

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