借りたものは期限どおり返却すること、これは世間の常識だ。Vol.136
最近の新聞報道では米国のサブプライム問題の影響で、日本の株が大幅に下落したというニュースを耳にした。一方で安全策をとってサブプライム関係にはあまり関与していない邦銀の損失は欧米の金融機関に比べて一桁少なく、軽微であるといったニュースもある。しかしながら疑問に思うことには、そもそも他人から借金をしてそれを自己破産で棒引きにして平然としている米国人のやり方に疑問を感じ、またそれ以上にそのことは十分に予想できたにも関わらず、良いことばかりを連ねて米国の庶民を騙し、多額のローンを組み家を購入させた米国企業の正義感の欠如についてコメントする報道は全くないことである。我々は子供の頃から人から借金をしたらそれは全額返却すべきで、自らの生活を切り詰めても返却すべきと教育されてきた。それがいつしかは借金は返さなくても、法律に則って破産の処理をすれば、あとはどうでも良く返却の必要はないといった安易な考え方に変わってしまった。私には今の日本経済の低迷の原因がこのモラルの欠如にあるのではないかと思っている。丁度MSN産経ウエブに同じような内容を記した記事が出ていたので、転載をしたい。
2008.1.19 03:36 財政を内政問題と思うな。
≪ユーロ支える強い意志≫
「国と地方は財政赤字で同等の痛みを分かち合う合意がある」とのドイツの毅然(きぜん)とした態度に感心していたら、フランスが「それを見習いたい」といった。これには思わず耳を疑った。
歴史的に犬猿の仲にあった大陸欧州2大国の変化に驚いたのは、昨年、両国財務省を訪ねたときだった。典型的地方分権国家と中央集権国家である。何がこうも意識を変えさせたのか。言うまでもなく、1999年に誕生した統一通貨ユーロである。
マーストリヒト条約はユーロ参加国に「名目国内総生産(GDP)比財政赤字3%以下、債務残高60%以下」という厳しい義務を課した。通貨の安定は健全な財政に支えられるからである。
第二次大戦直後から“米ドル支配”からの脱却を模索し、各国が通貨主権まで捨てて創造したユーロの安定を図るには、メンツなどにこだわっていられない。冒頭の両国財務省の言葉には、そんな強い政治的意志が読み取れよう。
そして、マーストリヒト基準を達成した今もなお、「あれは上限であり、限りない『以下』を目指す」と口をそろえる。こうしてユーロは世界の中央銀行が保有する外貨準備に占める比率を発足時の18%から26%に上げ、基軸通貨への道を着実に歩んでいる。
凋落(ちょうらく)したのはドルと円だ。とくに円は3%台と英ポンドにも抜かれて完全なローカル通貨に成り下がった。それはそうだ。来年度予算案では基礎 的財政収支を5年ぶりに悪化させ、国債残高だけでGDP比105%、地方を合わせた債務残高は147%に達する。こんな赤字大国の通貨が強い信認を得られ るはずがない。
≪立派な外交・安保問題≫
この期に及んでも肝心の社会保障や地方対策で歳出を緩め、消費税論議で立ちすくむ政治は一体、何を考えているのだろう。思うに、財政を単なる内政問題としかとらえず、通貨など眼中にないからではないか。
人民元問題をめぐる米中関係を見るがいい。米国があれほどさらなる切り上げを求めても中国が応じないのは、1兆5000億ドルを超す断トツの外貨準備を武器に米国を揺さぶっているからだ。
中国はユーロへのシフトを強めているが、まだ6割は米国債で運用している。これを急激に売却すれば、ただでさえ経常、財政の双子の赤字を背景にしたドル安の底流が一気に動き出し、暴落につながりかねない。
それは長期金利の高騰と株暴落を呼び、いくら米経済といえどももたない。中国は米国が常にその恐怖感に苛(さいな)まれていることを熟知しているから、いくら米国が切り上げ圧力をかけても高をくくっているのである。
もっとも、中国にしろ強大な軍事力を持つ米国にそんな経済戦争は仕掛けられない。だから、人民元は双方出来レースのように本気で動かぬ膠着(こうちゃく)状態を生む。
では、相手が日本だったらどうか。インド洋上の給油継続問題ですら国会であれだけ紛糾し、自らの経済水域で中国船が自由に動き回るのを見ているだけの国に遠慮することなどあるまい。
国債残高はGDPを上回る553兆円だ。家計貯蓄率は3%まで急低下、そのうち国内貯蓄で消化できなくなるかもしれない。中国がそこに目をつけ大量保有したら、金利、株価を通じて日本経済を左右することだって可能だ。
利にさとい中国は超低利の日本国債に手を出していないが、先進国で突出して悪化した財政にある国債の金利は常に高騰リスクを抱える。いつ大量保有に乗り出してもおかしくはない。財政は立派な外交・安保問題なのである。
≪想像力と構想力の欠如≫
しかもこの財政はアジア経済戦略の足まで引っ張っている。
人口減という“列島縮小”時代を乗り切るにはアジアとの一体経済圏をつくる以外になかろう。東アジア共同体は時期尚早だが、発展段階の近い日、韓、台湾、さらに東南アジア諸国連合(ASEAN)代表としてタイを加えて先行させることは可能ではないか。
無論、予想される中国の反発などハードルは高いが、問題はそれだけではない。自由な市場には域内通貨の安定が不可欠で、せめてユーロの前身である欧州通貨制度的な仕組みがほしい。では、かつての西独マルクのような重しになるアンカー通貨をどうするか。
経済規模から言ってその役割を果たすのは円しかない。だが、財政がこれではアンカーたりうるだろうか。いまや、東南アジア通貨も連動性を強めているのは円ではなく人民元となっている。
政治に少しの想像力と未来を描く構想力が備わっていれば、こんな財政を放ってはおくまい。(いわさき けいいち)一部割愛
私は以前働いていた商社のドイツ代表として赴任、その後独立して5年目のドイツ滞在である。その中で一番感じたことはドイツをはじめEU政府には、借りた借金は必ず期日までに返却すべきもの、またその金額は出来るだけ少ないほうが良いといった、我々が子供の頃に習った常識がその経済運営の根幹として働いていることであった。米国の消費型経済のやり方を押し付けられ、かつバブルの日本経済を経験し、借金は良い事といった考えに毒されそうになっていた、5年前の自分自身にとって、欧州国家が今まで自分が描いていたイメージとは全く異なり、米国式の経済政策を全く取っていないことを知り、本当に驚いたことを覚えている。そして当地での滞在が長くなり、EUの成功、ユーロ高などの現実に起こる事実を冷静に見ることが出来るようになると、今の欧州の政治経済の運営の安定は、まさしく借金に対する極めて当たり前の対応にその理由があることが分かってきた。一方で我日本はどうであろうか?小泉改革路線以降、米国追従をより一層明確化させ、すべて米国と同じやり方が良いといった妄想まで生まれた、そしてそれは日々の労働を蔑み、借金を美徳とあがめ、投資家保護の美名のもとに、不必要な法律を多く生み出し、結果的に金を持つことのみが幸せであるかのような錯覚を国民にあたえ拝金主義を広めた、しかしその結果、数々の企業破産、や自己破産という借金の踏み倒しを生み、破産した本人はもとより回りのかつての恩人にまで多大な迷惑を掛けることになったのである。しかしその行為は法律的には許されており、結果として国民はそれに甘え、自らの態度を変えることなく、法律さえ犯さなければなにをしても良いといった風潮が出回り、その場を過ぎていってしまうのである。自らがかつて持っていた正義感はどこに行ってしまったのであろうか? 今国民の中になにが正義でなにが非正義であるかという最も基本的な倫理観が欠如してしまい、これが思いもよらない殺人事件などを簡単に発生させて社会を不安に陥れている。
今回引用した記事の重要な点は、自公政権が正面から取り扱おうとしない財政問題は、単なる内政の問題ではなく、国全体また外交の問題でもあることを改めて提起していることである。米国は米ドルという世界で通用する基軸通貨を持っている、だから彼らの借金も米ドル建てである。したがい何かあって借金を返却しなくてはならない場合、自ら努力して資金を確保する必要がなく、FRBがドル札を増刷してそれを使って返却する、一方で世界市場へのドルの供給量はその分増加するので、ドルの価値は下がる。アメリカはドルの価値が下がっても気にもしない、それはまた増刷すればよいと考えるからである。しかしこの考えはおかしい、すでに中東の産油国の王族やBRICS諸国は先行き価値が下がる米ドル及びドル資産を持ち続けることはリスクが大きいと気づき始めている、これが20世紀ならば圧倒的な米国の軍事力を担保として皆ドルを持っていればなんとなく安全だと考え、ドルを手放そうとはしなかった。しかしベトナム、アフガン、イラクと行う戦争すべてが連戦連敗であり、また米国が誇るハイテク兵器も、数十億円も掛かるような兵器ばかりであり、この無駄遣いに対して本当にこれで良いのかと皆に疑問を持たせることになっている。結果として前世紀に米国が得意としてきた戦争によるドル価値の維持(いわゆる有事のドル高)の手法はいまや昔の話となってしまった。21世紀の金持ち達は今、ドル即ち米国に見切りを付けその資産の分散を積極的に進めている。その中で日本は相変わらず、米国従属路線をとり続け、米国とその将来をともにまっとうしようと本当に考えているのであれば、これは米国との心中を意味し、昭和・平成日本の滅亡に直結するのである。国民が苦労して稼いだ外貨を米ドルとして獲得し、合わせてドルと円のレートを一定のレンジに保ち、その上で米国の指示に基づいて国債を大量発行してそれを無駄なインフラに投資して赤字をだす。また政治家はそれらの箱物インフラの管理権を無能な官僚OBに与え多額の報酬を税金で支払い、かつ他人の目に付きにくい一時払いの法外な退職金を支払うことで、彼らの支持を得て、自らを勢力圏においてきた。しかしその間に確実に国民に対する借金は膨らんだことには目をそらしてきたのである。その放蕩の事実は、自らの日々努力している欧州の国家の目から見れば、絶望的と思われても仕方がないのである。これが上記記事も指摘している日本国民の現状に対する想像力と未来に対する構想力の欠如なのである。
我々は今こそこの絶望を自らの努力で希望に転換させるべきではないであろうか?サブプライム問題が大きくクローズアップされた年初、米国行きのファーストクラス、ビジネスクラスは国内金融機関のトップで満席の状態であった。彼らはやっとサブプライム問題を真剣に理解するつもりになったのである。この問題の本質を知ることで、米国に従属するだけでは幸せを得ることは出来ないことが理解できることを期待したい。今我々は今後の正しい方向性を考える機会にやっと恵まれたのである、そしてこれは国民が正義に目覚め正しい行いを支持する国を作り直すきっかけであると願っている。
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