デリバティブ、拝金主義のまやかしに騙されるな。 Vol.179
本日欧米の中央銀行が一斉に公定金利レートを引き下げる発表をした。すでに金利が0.5%とこれ以上さげることが出来ない我国は除外された格好だが、これは逆に言うと、今まで日本のみが背負わされて来た資金供給という仕事が、日銀だけでは需要を満たせずに世界各国にもその役割が振り分けられたことを意味している。それでは何故今このように各国の中央銀行は世界インフレの懸念を恐れずに、公定金利の引き下げに踏み切ったのであろうか?その回答はまさしく今起きているサブプライムローン問題による、まやかし証券であるデリバティブが破綻したことを救うことを目的としていることなのである。
これは本稿でも再三指摘しているので、詳細については前号Vol.174をご参照していただきたいが、今回の金融危機は米国で大量に供給された住宅ローン総額に見合った金額或いはその2倍とも言われている、世界中にばら撒かれた、デリバティブ証券=住宅ローン債権証券が実体のない、まやかしの証券の破綻を意味している。具体的に指摘していきたい。
本来住宅ローンは住宅を取得しようとする人が、その住宅の資産価値を担保として必要な資金を借り入れ、毎月或いは一定期間に返済をするシステムである。そしてこの通り運用されていれば、仮に何か不幸があってローンの返済が出来ない場合は、住宅を差し押さえることでローンの貸手は貸し倒れを防ぐことができた。また住宅の所有者も取り決めた返済額をしっかりと返済する限りにおいて、自らが選んだ住宅に住み続けることができるという、家庭の平穏を獲得できるすばらしい仕組みであった。また会社によっては、住宅取得を奨励するために会社が金利の一部を負担するところや、会社が独自に融資をして金利が比較的高い銀行ローンの残高を減らす、インセンティブ(補助)も存在した。そして大企業では若くして持ち家を持つといったジャパニーズドリームやアメリカンドリームを実現していたのである。しかしながらいつの日か、この健全なシステムが投資銀行への生贄と代わったのである。それは世界の株式・債券市場の飽和状態に次の投資対象の開発を迫られていた投資銀行が、考え付いた債権の証券化という、一見しただけでは何のことか分らない、投資対象即ちデリバティブの商品化であった。ところでこの商品化を行うに当たって、開発者がもっとも注意した条件がある。それはこの証券を販売する相手、即ち顧客=購入者は金持ちであり、会計制度に時価会計を採用しているところをターゲットとしたのである。これはどういうことかというと、この証券を購入した顧客が時価会計を取り入れていれば、この証券の価値が向上すれば現金化せずに財務諸表上に、利益が計上できるからである。そしてサブプライムローンの普及と同時に仕組まれた住宅バブルは不動産の価格高騰に伴い同証券の配当金の増加にも寄与して結局同証券は利益を生む打ち出の小槌となり重宝されたのである。しかしながらそれを裏付けるにはもう一つの条件が必要であった、それは購入先が機関投資家など、一旦購入した後配当が確保されれば必ずその証券を保持し続ける資金力のある顧客に限定されたことである。即ちこのデリバティブ証券の最大の問題点として、顧客が何らかの要因で経営状態が悪くなり、売却換金を求めた場合、それを受け入れるだけの現金の裏付けがまったく手元になく、この場合は、発行者にとっては、極めて都合が悪い証券となるのである。そしてその事実は本証券が、住宅ローンという制度から見れば、実体のない虚偽性の強い証券であることを意味している。
では今回の金融危機により知りえた事実を元に、具体的にその背景について指摘したい。仮にある住宅ローン申請者が、申し込んだ銀行或いは住宅ローン会社から購入資金が貸与されれば、その時点で、相対する不動産資産は担保権として、貸付業者即ち銀行或いは住宅ローン会社に渡される、したがいこの時点で不測の事態の際に貸し倒れを防ぐ担保権は使用され、他に提供するものは無くなっている、その結果この債権を証券化したデリバティブの保証は実際には不動産ではなく、それを代用をするものとして同証券の格付けや発行者の信用が提供されることになった。ということは、この信用が崩れれば、このデリバティブ証券は減価或いは無価値になるリスクを背負っているということである。これは名前は住宅ローン債権証券となっているが、実際には不動産が担保とされている、住宅ローンとは直接の関連が無いことを意味しており、一般の会社が発行する、社債となんら変わらないものと考えべきである。一方現実にこのデリバティブ証券を購入した顧客はこのリスクを知っていたのであろうか?現在の一般化された理解では、小分け転売によってそのリスクの存在が分りづらかったとかいう説明もあるが、現実には米国政府がつけた保証のみが唯一のよりどころとなっていた、しかしそれは先に倒産を回避されたファニーメイやフレディーマックまたAIGなどがつけた保証であった。そしてその裏づけには米国における住宅価格の果てのない高騰という非現実的な期待があったことが先の倒産・救済劇で明らかになった。即ち米国政府が提供していた保証とは、イメージのみが強調されていた張子の虎の如くの擬似保証であったのである。この事実を知るにつき、疑問に思うことに、どうして本来米国民のための米国政府であるはずの政府がこのような愚かな保証行為を受け入れ、結果として米国民を始め、多くの人々を苦しめたのかについて理解に苦しむところである。一方で、もし多くの一般人よりも守るべき相手が他にいるのかと、そしてそれは誰なのかということも考えざるを得ない。
ところでグーグルで、『住宅ローン債権証券』というキーワードで検索を掛けると、日本でも数多くの地方銀行が米系証券会社と組んで同デリバティブ債権を証券化して発行していることが分る。日本では米国の様に破綻の恐れがある顧客にまで住宅ローンを貸し、デリバティブ証券を発行するということはないと思うが、これにしても敢えてこれを進めるメリットが感じられない、ここには他人を騙してもこのデリバティブを普及させたい、いや、普及させなければならないという大きな力が働き、そこにまやかしが潜んでいるとしか思えないのである。
本稿では過去より拝金主義が蔓延る現状について数多くを指摘をして来た、そして一つの結論として米ドルが不換紙幣でありながら、その管理手法は金本位制のままであり、過剰発行により破綻する恐れがあることを指摘して来た。そして本当に米国が不換紙幣を管理する気持ちがあるのであれば、インフレを抑えるために発行総額の制限を求めるべきであると提言してきた。しかしながら現実には、米国政府とFRBは、一旦問題が発生すると倒産防止、資金供給促進という理屈で発行総額を際限なく増やして来た。そしてその都度過大に発行されたドルは行き場を失い、新たなる落ち着き先を探した。それが世界中の株式であり、債券であった。しかしそれも飽和状態となった時、デリバティブという、まやかしの証券を開発してそれを資金吸収の矛先とした。その結果、庶民のささやかな夢をかなえるはずであった、住宅ローンは住宅取得者の支援という元来の目的から大きくはずれ、新たなるデリバティブ証券発行へ当て馬と変質してしまった。そしてそれもだめになると今度は原油や食糧の売買に関与し、その債権を証券化する。そしてまた大量のドルを発行させ、世界中の中央銀行にも同調させそれぞれの通貨を供給する。そしてまた別の受け皿をつくる。このやり方にそろそろ限界が見えて来たのではないだろうか?
新興国といわれるBRICs国家群はそれぞれに大国であり、自ら自給できるだけの資源と人材を持ち合わせている。そしてこれらは、米国の関与がなくなっても自ら生き延びることが出来る国家ばかりである。彼らにはもはや我国や欧州に対して通じた米国流の新資本主義お仕着せは通用しないと思う。あまりに身勝手で傍若無人な今の米国流は彼らの台頭とともに弱体化していくのである。そして我国は落ち行く米国とともに沈むか、ここで米国に対して毅然とものを言って、国民のために生き延びる道を選択するか、今こそが重要な節目である。そしてそのためであれば国民も多少の犠牲は覚悟して協力すると期待している。もう時間の猶予はないと思う。先に麻生首相が米国発の金融危機に際して、今こそ財政対策が必要といっていたが、逆ではないだろうか、今こそ国民に対して米国従属の自民党政権の是非を問うべきであり、その勇気を持ってほしいと思っている。
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