三浦事件、テロ指定解除! 国民に冷淡、これで国民国家といえるのか? Vol.180
米国においての、三浦和義氏の自殺と、米国政府が発表した北朝鮮のテロ支援国家指定の一方的な解除による拉致問題解決の後退といった、日本国民として自国政府が米国を前にして、自国民の人権保護が何もできないという、現実を改めて認識させられた報道が相次いだ。いずれも本来ならば、日本国内の問題であり米国の干渉など求める筋合いが無いものであるにもかかわらず、日本政府は不作為の立場をとり、結局当事者である国民が米国政府の矢面に立つことで、苦痛や不利益を蒙っている構図は同じである。実際諸事情はあるにしても一旦日本の裁判で無罪として裁かれた日本人が旅行中の米国で域内逮捕され、再度米国法により裁かれるなどといったことに対して、日本政府が何もコメントしないということはどういうことであろうか?日米の法律には属人主義と属地主義といった違いは有るようであるが、いずれにせよ、日本国民である三浦氏が米国側の勝手な事情で逮捕され、挙句の果ては自殺をする結果となるまで追い詰めるということは断じて受け入れるべきではないと思う。そして同人がサイパン島からカルフォルニアに移送されると決まる前に、両国政府間で本件を協議して日本の最高裁で無罪判決が出ている事実を尊重して他の対応が出来なかったのであろうか?そしてこの政府がまったく無関心で有ったことに対する、批判や他の見解がマスコミからも何も伝えられないことに納得がいかない。
日本政府は国民に対して二重国籍を認めずに、また外国人の日本国籍取得についても厳しい制限を課している。その結果日本国パスポートはしっかりとした効力を有しており、それは海外に住む同胞にとっても安心の証明であった筈である。しかしながら今回の二つの事例を見るに、もはや日本政府は同胞が海外において災難にあっても何もせずに見殺しにすることさえあることが、はっきりと示されている。ここには、まずは米国政府の意向が第一であり、その次が国民であるという現政権の判断が働いているように思える。ところでドイツより帰国して、日本に暮らしてみて、まず感じたことは、年金の問題や、高齢者医療費の問題について、税金により報酬得て、その対価として公僕として国民に奉仕するべき公務員が、なぜ私利私欲に走り、平気で嘘をつき、公金に手をつけるのかが、まったく理解できなかった。一方ドイツではドイツパスポートを持っているドイツ人には福利厚生や税金の還付などで、非常に優遇されるが、一方でそうでない就業ビザで生活する人間には、これらの制度の提供が意図的に制限されることは経験した、しかしこれはあくまでも出稼ぎとして一時的にドイツで生活しているものとして受け入れざるを得ないものであることもよく分かっていた。しかし日本に帰国して驚いたのは、政府が自国民に対して平気で不利益を蒙らせ、これらを容認してしまうことであった。これでは日本は国民国家として、永遠に良い国にはならないのではないだろうか?一方でもっと驚いたのは、時として自民党政府は、国民の利益よりも米国の利益を優先することである。この問題は極めて由々しきものであり、これではこの国に住んでいても、他国と比べて、必要な社会保障を受けられないばかりか、自らリスクをはって、事業を行っても公平な競争ができずにジリ貧になることは目に見えている。
ところで前号で書いた、政策金利の問題はまさしく、国民不在の自民党政権がまねいた失政であると考えることができる。具体的に指摘したい。1985年のプラザ合意以降、日本政府は米国債の購入を密約により義務付けられた、これは解決の見込みのない日米貿易黒字により発生する、膨大なドル資金の日本への流出を問題視した日米両国が取り決めた対応策であった。その結果、日本国民にとって、米ドル国債を魅力あるものとするために、決定的な政策が取り決められた、これが日銀による低金利政策である。即ち従来日本政府は過度なインフレを抑えるために金利を上下させて、資金の流通を調整して来たが、それがこのとき以来、米国債を購入することを前提として、それが有利と国民が思う方向へと誘導されていくのである。結果低金利により、国民は今までの様に、貯蓄に励むことを重視しなくなり、余剰の資金を株式及び投資信託などの金融商品へと向けていく、そして米国債を組み込んだ多くの商品を開発して、対応することになった。その結果現在に至るまで20年近く日本の政策金利は世界一安い水準で動いているのである。実際に低金利によって、多くの問題が露呈されて来た、それは企業が現金預金で余剰資金を運用しなくなり、それが株式に向かい、土地に向かい、株式・土地のバブル経済が発生した。またそれまでは安定した金利収入の上で、堅実な投資をしていていた、生保や都市銀行や地方銀行も同じように株式や土地にその資金のターゲットを振り向け結果として未曾有のバブルを起こしていた。また社会保険庁が、預っていた年金資金も預金で得られる、金利収入は当初の見込みを大きく下回り、これを株式などのリスク資産で運用することが必要となったのである。これは想像だが、政策金利が3-5%程度あれば、年金資産について十分な金利収入もあり、これを前提とすれば、多少のいい加減な管理をしても必要な年金財源確保の問題は少ないと社会保険庁の人間は思っていたに相違ないと思っている。即ち預金金利が高ければ、それだけ年金資産に対して支払われる金利収益も多くなり、多少の操作をしても疑られないことは十分に考えられるからである。しかしながらこの目論見が米国の利益のために日本が採用した米国債の買取のための低金利政策により立ち行かなくなったのである。そしてその後90年代後半以降、新資本主義が標榜され、グローバルスタンダートという米国発の押し付けが公然と行われると次の悲劇が襲ってきたのである。それは米国及び英国に本拠を置く、投資銀行が開発する数々のデリバティブ商品が提供する高収益高リスクの商品への資金還流が一気にすすみ、その結果日本国民がせっせと働いて手にした貴重なドルが、まずは米国債となり、米国に保管され、そしてそれが担保となって彼ら投資銀行への資金供給源となり、結果として日本人は米ドル債暴落という大きなリスクを負わせられた上で、富としてはわずかな米国債の配当金のみが提供されるだけであり、彼ら金融街の投資銀行のみが潤うことになったのである。一方日本国内では相変わらずゼロに近い政策金利の原因で、国民の虎の子である、預貯金の金利ではまったく生活費の足しにならず、結果としてリスクがあることを承知の上で、不慣れな株式に投資をせざるを得なくなったのである。その結果失敗して財産を失うものも多数出てきている。
金融街の投資銀行は自らの金儲けのために、無制限にまやかしの金融商品を開発し、それを他社に売りつけ大もうけをした。しかしそれが限度を超えて行われ、時として一般の米国民を騙すこともいとわずに進められ得た結果、サブプライムローンの破綻、世界金融恐慌を招いてしまった。即ち実体経済の4倍ともいえる、実体経済の影をもとに創出されたデリバティブが破綻することで、実体経済上の株式や債券が売られ暴落し、その保有者である、世界中の庶民が大きな損害を出しているのである。一方で、この影の崩壊の後始末を行うために多額の現金が必要となり、米国を始めとする多くの先進国は多額の現金供給を行っている。この中で米国や日本のような財政赤字国は結局国債を増発してその資金を確保しなくてはならない、先日もFRBは一日で660億ドルもの資金供給をし、その裏付けとなる米国債を米政府が発行している、そしてその国債は回りまわって日本政府や中国、中東政府が購入しなくはならないのである。
今回のサブプライム問題ではっきりしたことには、米国政府特に共和党政権は同国民のことを真剣に守らない政府であるということである。そしてその政府の傀儡ともいえる自民党政権もその米国に同調した政策を取っている。自民党政権は日本国民より米国政府を守ることを第一と考え、一方米国政府は同国民の利益は考えずに誰かのために国民生活を犠牲にしているということである。果たしてこれは誰にためであろうか?我々はこの疑問を徹底的に追及しはっきりさせ、その背景を理解する必要があると思う。さもないと将来に渡って同じことが際限なく繰り返されることになることを危惧する。
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