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February 05, 2010

拝金主義では世の中は成り立たない 朝昇龍問題 Vol. 216

とうとう横綱朝昇龍が引退した。角界の伝統など、どこ吹く風と、自らのスタイルを貫いた、強者(つわもの)横綱のさびしい引退であった。過去に数々の不祥事を起こしながら、ここまで綱を張ってきた横綱にもついに終焉の時が訪れたのである。これは今回の事件の事の重大さもあるが、それ以上に社会の変化が彼の立ち居地の継続を認めなかったものと思う。

朝昇龍は前人未到の7連覇を達成している、それは兎に角強い横綱であった。一方その勝ちっぱなしの際にも横綱としての品格にかけるという批判を常に受けていた。しかし彼はその批判にも関わらず、自らの地位を維持し続けたのである、それは時の日本社会の、勝負の世界では勝ち続けることこそが最も重要であり、強いものが相応の地位と名誉と金を得ることは当然であるという風潮に支えられたものであった。そこには日本古来の本当に強いものこそが伝統や様式美といった精神的な強さを敬い伝承するという価値を共有せずに、ただ腕力や技能が人より優れていることが最優先されるという米国流プロスポーツの考え方が背景にあった。

しかし拝金主義の蔓延に疲れた日本と日本人は、この米国流プロスポーツの考えに疑問を持ち始める、そして先の金融恐慌の勃発により、その考え方の限界を知り、且つ金さえあれば誰もが幸せになれるという拝金主義者の発言は幻想であることを知る。そして拝金主義大国の米国が自らチェンジを叫び、オバマ新大統領が就任すると、一気に国内の雰囲気も変わっていく、そして昨年夏の民主党による政権交代が実現したのである。

結局この社会の変化が、強いことだけで金儲けは叶うという、かつての日本社会に巣食った米国流を受け入れる環境および条件に頼った、朝昇龍の特別の生き方を容認しなかったということになる。

我々は、低迷している大相撲界がその復活の為に、自ら下した、朝昇龍の引退という決定の重みをもう一度考えなおし、今後の動きを注目したい。一方自らは拝金主義に代わる新しい日本に適合した、主義主張をもう一度打ち立てるべき時にきていると思う。

私自身も会社から離れすでに5年以上の月日が流れている、そして早朝から深夜まで利益獲得を目標としている会社に束縛される生活から離れ、現在病気療養中の父とともに家族が一つになって暮らしている。そこには日常の変化は乏しいが喜怒哀楽が存在する確実な生活がある。そしてなによりも金儲けを目標とする会社のために自らを犠牲にしてきた過去の生活がいかに、自らや家族に無理を強いてきたかを、日々感じ反省するのである。

聡明な朝昇龍はまだ29歳と若い、彼の今後に注目し、新たなる時代に適合した、新朝昇龍の出現に期待したい。

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